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読書の愉しみ

2018/01/09

平成29年度3学期始業式式辞

明けましておめでとうございます。新しい年が始まりました。皆さん一人ひとりが新たな決意とともに今日の始業式を迎えていると思います。高校3年生の諸君はいよいよこの週末にセンター試験を迎えることになります。今から慌てる必要はありません。岡山高校での3年間、積み上げてきた各自の力を信じて果敢に挑戦してくれることを信じています。

 今日は読書について話をします。中学・高校時代に本をしっかり読んで卒業していくか、それとも、たいして読書もせずに卒業していくか大きな違いが生まれてくる。本校で毎日「読書の時間」を設けているのはそのためです。私は、この冬休みに橋本陽介『日本語の謎を解く』という日本語学の本を読みました。

・「赤い」「青い」と言うのに、「緑い」と言わないのはなぜ?

・ハ行にだけ「パピプペポ」という半濁音があるのはなぜか?

・「氷」は「こおり」なのに、なぜ「道路」は「どうろ」なの?

・「全然大丈夫」という表現は、日本語として間違っているか?

・そもそも我々は「は」と「が」はどう使い分けているのか?

その中に「弱肉強食」は四字熟語なのに「焼肉定食」はなぜ四字熟語ではないのか?という質問が出ていました。皆さんはどのように考えますか?

①形態的親密度:どれぐらいくっ付いていて離れないか。「焼肉の定食」「焼肉がおいしい定食」のように「焼肉」と「定食」を切り離して別の要素を入れることが可能。他方、「弱肉強食」は「弱肉と強食」のように切り離すことはできない。二つの語句の親密度が高いことが分かる。

②要素還元不可能性:「焼肉定食」は「焼肉」と「定食」と分けても意味を失うことはなく個々の要素に還元できるが、「弱肉強食」では「弱肉」だけでは意味不明、「強食」だけでも意味不明。要素に還元できない。「弱肉強食」は熟語で、「焼肉定食」は「焼肉」と「定食」に分けられるので熟語ではないことになる。

もう一つ、大野晋『日本語練習帳』のなかで、「思う」と「考える」をどのように使い分けているのかという問いが提出されている。「思う」と「考える」の違いにはじまり、感覚的にはなんとなく分かっても説明しがたい、似たような言葉の違いを理路整然と解き明かしていく。たとえば「あなたは行くべきだと思う」を「あなたは行くべきだと考える」と言い換えても、意味は通る。しかし「今日の献立を考える」とは言っても「今日の献立を思う」とは言わない。それはなぜか。

「『思う』とは、一つのイメージが心の中にできあがっていて、それ一つが変わらずにあること。他方、『考える』というのは、胸の中の二つあるいは三つを比較して、これかあれか、こうしてああしてと選択し構成すること。

 読書って面白いでしょう。すでに読書の面白さに病みつきになっている生徒も少なくありません。休憩時間に時間を惜しむかのように読書している姿をよく見かけます。思わず、「頑張れよ」と声をかけたくなりますね。

最後に、高校3年生の受験生諸君、私の大好きな歌を送って激励の言葉としたい。