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平成29年度1学期終業式 式辞

2017/08/30

平成29年度一学期終業式 式辞 

この一学期の間に14歳のプロ棋士藤井聡太四段の大活躍が報じられるようになりました。また本校将棋部の指導を買って出てくれた菅井竜也七段は王位戦七番勝負で羽生名人に対して先勝しています。今改めて一学期冒頭の始業式の中で紹介した「追い詰められた場所にこそ飛躍がある」という羽生名人の言葉の重みを感じているところです。

何度やっても解けない。いくら頑張っても成績が伸びない。大学入試まであと半年しかないのに。泣きたくなる。焦りが心の中に生まれてくる。どうやって力をつけるか?ギリギリまで自分を追い詰めてこそ初めて学力を伸ばすことができる。余裕があるうちは伸びない。追い詰められて初めて飛躍が生まれる、という話でした。覚えていますか?

今日は、羽生名人の言葉を受けて、追い詰められて、追い詰められて初めて学力を伸ばすとはいったいどういうことを考えてみたい。大学入試の学力の半分は様々な「知識」から成り立っている。人類がここ2000年の間に探究し続けてやっと手に入れてきた知識を手に入れること。受験勉強の50%は間違いなくこの「知識」から成り立っている。

 では私たちは先人たちが何年も何十年もかけて悪戦苦闘しながら手に入れてきた知識を、そのプロセスを理解することなく結果としての知識のみを、受け継いでいるのかというと、そういうわけではない。受験勉強の30%は、手に入れた知識がどういう試行錯誤の後に人類の手に入ったかを追体験する構造になっている。社会科や理科の授業はこのことを教えてくれる。科学の歴史や数学の歴史がそれだ。どういう経緯でロゼッタ・ストーンが発見され、古代エジプトのヒエログリフが解読されるようになったかを学ぶ。人類の知識がどのようなプロセスを経て現在私たちの手に入ったのかを学ぶのである。

それでは、最後の20%はどうなっているのか?私は学習した複雑な知識をそのままに記憶するのではなく、次元を高めて、一見すると相互に関係のない知識が実は根底において結び付いていることを理解することによって、「鳥の目を獲得すること」だと考える。

つまりこういうことだ。英語には仮定法が存在する。仮定法では「現在の事実に反する仮定を行う」ことになっている。「もし鳥だったら、今すぐ君に会いに飛んでいけるのに」

If I were a bird, I could fly to see you now.

どうしてnow 「今」のことなのに、動詞は過去形のwereを使うのだろう?50%の知識のレベルだと、「仮定法では現在の事実に反する仮定には過去形を使う」と覚えてしまえばよい。理由なんか必要ではない。

30%の知識に必要なのは英語の歴史だ。昔は、仮定法過去は人称に関係なく were だった。“You were young.” were はもともと「直説法」の過去形であり、“if I were a bird” were はもともと「仮定法」過去形だった。

20%の知識のレベルでは、仮定法過去の過去形wereと直説法過去のwereは「遠く離れている(Remoteness)」という点で共通していると言える。直説法の過去形wereは「時間的に見て現在から離れている」時点での事実を述べているのに対して、仮定法過去のwereは「真実から遠く離れている」と考えられる。両方とも「離れている」という一点で同じ意味を表しているのだ。

シンプルであることは、複雑であることよりもむずかしいときがある。物事をシンプルにするためには、懸命に努力して思考を明瞭にしなければならないからだ。だが、それだけの価値はある。なぜなら、ひとたびそこに到達できれば、山をも動かせるからだ。

Steve Jobs